小2も悲しい「スーホの白い馬」は馬頭琴由来ではない?教材としてのねらいは

筆者
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こんにちは。まだまだ息子が可愛くてしょうがない1児の母です。

小学校2年生の子を持つ親御さんなら「ついに来たか」と思うしれない「スーホの白い馬」。小2の後半に登場する国語の教材として、しばらくは毎日のようにこの悲しく切ないモンゴルの音読を聞くことになるパパ・ママも多いかと思う。

このお話が好きな方は怒らないで欲しいが、私はこのお話が少々苦手だったりする。

何かを想い続ける心は美しいかもしれない。
でも悲しい。やっぱり悲しい。
クソッ殿様許せねぇ…

この行き場のない感情をどう処理しろというのか。
なぜこうまでも悲しい物語が生まれたんのだろう?しかもなぜ教科書に採用されたのか?
この悲話から子どもたちは何を学ぶのかーー。

そんなことを深掘りすれば、少しは心が晴れるかもしれない。
ということで「スーホの白い馬」が生まれた背景や、教科書に採用されるまでの経緯・ねらいなどを調べてみることにした。

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スーホの白い馬のあらすじ

筆者
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息子、スーホの白い馬ってどんな話?

息子(8)
息子(8)

スーホと馬が王様にぼこされる話

改めてあらすじを少し紹介したい。

モンゴルの大草原で慎ましく暮らす羊飼いの少年スーホ。スーホはある日、草原で生まれたばかりの白い馬と出会う。少年は馬を大切に育て、やがて誰もが目をみはるような美しい白馬へと立派に育つ。

ある日、このあたりを治める殿様による草競馬の大会が開催されるという知らせが村に届く。優勝者には殿様の娘との結婚が約束されるという。

村の大人たちからの強い勧めもあり、スーホは白馬とともに大会へ参加、見事優勝を飾る。しかし優勝者が貧しい羊飼いと知った殿様は、娘との結婚の約束を守らず、それどころか白馬をも奪い取ってしまう。代わりに銀貨を渡されたスーホは拒否するが、家来たちに殴り蹴飛ばされ、心と身体に大きな傷をうけて村へと戻った。

ある夜、白馬は脱走しスーホのもとへと戻る。体には追手による弓矢が何本も刺さり、白馬は戸惑い涙を流すスーホの腕のなかで死んでしまう。

心の癒えない日々を送るスーホはある晩、白馬の夢を見る。白馬は「私の体を使って楽器を作ってください」と言い遺す。言われたとおりにスーホは白馬の皮や骨、毛を使い楽器を作る。スーホが作った弦楽器は美しくもどこか物悲しい音を奏で、広い草原にやさしく響き渡る。

のちに馬頭琴と呼ばれる楽器の起源である。

…という感じで、馬頭琴の由来にまつわるお話として絵本をはじめ、小学生低学年の教科書にも掲載されている。

スーホの白い馬が生まれた経緯

教科書「スーホの白い馬」はおおつか ゆうぞう(作)とある。絵はリー=リーシアンだがオリジナルの絵本は赤羽末吉という方らしい。この物語が誕生した経緯はどんなものだったのか?少し調べてみた。


大塚勇三

おおつかゆうぞう。1921年満州生まれ。2018年97歳にて没。語学に長け、のちに東京で児童文学を中心とする翻訳家として活躍した。英語、ドイツ語、中国語、ノルウェー語、デンマーク語、オランダ語に通じていたという。

絵(絵本)
赤羽末吉

あかばねすえきち。1910年〜1990年没。東京で生まれ育ち、紙芝居・映画・落語を好み、絵を描くことにも興味を持つ。1932年に満州に移住。現地の美術展覧会で特選を受賞し、画家としての地位を確立する。旅好きで、モンゴルにも1ヶ月滞在する。

※人物のイラストはイメージです

「スーホの白い馬」の原点となるお話は、1960年当時、世界の昔話を紹介していた福音館書店の月刊誌「母の友」にて登場した。モンゴルのお話を紹介するにあたり、同誌で中国の民話を訳していた大塚氏に白羽の矢が立ったという。

赤羽氏
赤羽氏

モンゴルの旅がなつかしい。モンゴルの絵が描きたい。

編集長
編集長

大塚氏が何か知ってるんじゃないかな

大塚氏
大塚氏

馬頭琴の話はどうでしょう。塞野(セーイエ)って中国人作家の作品で出てきたんだけど..

赤羽・編集長
赤羽・編集長

ふーん、いいね!

大塚氏
大塚氏

ではもともと短いお話ではないから、絵本でも伝えやすい内容にしましょう。

大塚氏が訳したモンゴルのお話「馬頭琴」は中国人作家セーイエによるものだが、このセーイエ氏はモンゴルで教員をしていたことがあるらしい。彼はモンゴルで歌を歌いながら各地を巡る男性にたまたま出会い、歌の中で出てきたお話を元に民話として再話したという。

つまり、大塚氏訳、赤羽氏絵により誕生した「スーホの白い馬」は再再話ということになる。

※再話:名詞 神話、伝説、昔話、文学作品などを、原典に忠実に翻訳するのではなく、物語としてわかりやすく書き直したもの。 または書き直す行為。 児童書・児童文学に関する文脈で用いられることが多い。

スーホの白い馬=モンゴルの民話ではない?

「スーホの白い馬」はもともとモンゴルの旅人が歌った物語をヒントに中国語にて推敲&日本語にて推敲を重ねたお話(三次創作というべきか…)ということで、「モンゴルの民話として矛盾点がある」といった指摘する方もいらっしゃる模様。

内モンゴル自治区出身のミンガド・ボラグ著『日本人が知らない「スーホの白い馬」の真実」によると、

・危険なので普通は暗くなるまで遊牧はしない
・女性を賭けて勝負する遊戯など存在しない
・モンゴルではむやみに動物を殺してはいけないという習慣がチンギスハーンの時代からある
・馬の傷口に対しては、羊毛を燃やして止血し、化膿を防ぐといった処置がされる

などなど、モンゴルの文化をよく知る者であれば違和感を感じる点がいくつもあるという。
どうも中国人作家のセーイエにしても、日本人の大塚さんにしても、その時代背景や読者に合わせて微妙に脚色・改変された部分があったらしい。

大塚氏
大塚氏

セーイエ氏が創作した箇所があるのは知らなかった。。

ほか2人
ほか2人

大塚氏が知らんならわしらも知らんぞ。。

オリジナルの馬頭琴伝説は別にある

日本では「スーホの白い馬」が馬頭琴の起源となった話として有名だが、モンゴルでは「フフー・ナムジル」が近いお話として古くから語り継がれている。
「フフー・ナムジル」はスーホと同様、馬頭琴の起源を描くお話だが、その内容は全く異なるもの。東京外国語大学のチャンネルで劇が公開されていたので興味がある人はぜひその違いを観てみてほしい。

と言って観る人は少ないだろうから劇のあらすじを簡潔にお伝えすると、

①ナムジルは歌が大好き。ある日徴兵され、お姫様に出会う
②惹かれ合う2人
③ナムジルは兵役期間が終わり故郷へ
③お姫様から翼の生えた馬をもらう
④その馬に乗って度々会いに行く
④噂好きの女が馬を殺す(?)
⑤悲しむナムジル。亡骸で馬頭琴を作る

という話で、結末だけいえばスーホの白い馬と同じと言える。
劇中では表現されていないが、この「噂好きの女」は実はナムジルに想いを寄せていた女性で、夜な夜なひっそりとお姫様に会いに行く彼が気に食わず馬を殺した…とも言われている。

筆者
筆者

嫉妬心から好きな人の馬を殺すのはなかなかのサイコパス。。

教科書に採用されたのは60年前!

スーホの白い馬は昭和40年代に国語の教科書の題材として採用され、現在でも光村図書など一部の教科書に掲載されている。(ただ減ってきている模様)
1〜2年生の教科書のなかでも「くじらぐも」同様、もっとも長く教科書で採用されているお話の1つ。

ちなみに教科書に採用されている古めのお話一覧

学年タイトル教科書初掲載の年
1年はなのみち昭和55年(1980)
おおきなかぶ昭和52年(1977)
おむすびころりん昭和55年(1980)
くじらぐも昭和46年(1965)
ずうっと、ずっと、大すきだよ平成4年(1992)
たぬきの糸車昭和52年(1977)
2年ふきのとう昭和61年(1980)
おてがみ昭和55年(1980)
スイミー昭和55年(1980)
スーホの白い馬昭和46年(1965)

なお、絵本からの教材化にあたり、段落や文・文節・語句など137箇所が変更されたという。

例えば、
①追記
絵本になかった「これから先、どんな時でも、ぼくはお前といっしょだよ」を教科書に追加

②削除
「けい場の場所には見物の人たちがおおぜい集まっていました。代の上には、とのさまが、どっかりとこしをおろしていました。」を教科書では削除

③表現の書き換え
けい場の場面でスーホが「わかもの」(絵本)から「少年」に

筆者
筆者

つまり再々々話…な箇所もあるので教科書にあるスーホは4次創作になる?



教材としてのスーホのねらいとは

息子の教科書

ここまでスーホの白い馬がどのように誕生し、教科書に採用されたかをお話した。
息子の学校ではこの物語に12時間かけるという。子どもたちは長い時間をかけてこのお話からどんなことを学ぶのだろうか。

スーホの白い馬の指導案を複数確認したところ、
・比喩や複合語などさまざまな表現の意味を理解し、気づく
・登場人物の心情、行動に対し想像を広げながら読む
・心に残った文章から自分の感想を述べる

などとあった。

確かにいち親目線から見ても、1学期のころに比べると文章もずいぶん長くなりわかち書き(※)もなくなった。

また、「言いました」「見ました」」「思いました」といったシンプルな表現の多かった「おてがみ」や「わたしはおねえさん」に比べ、より文章表現が複雑になり、登場人物の心の動きにも大きな抑揚が見られる。

わかち書き:文節と文節の間を空白で区切って読みやすくする記述方式


子供たちは10時間以上かけて様々な表現を学びつつ登場人物の心情を深堀りし、各々が感じることを言語化・共有できる力を養う…といったところだろうか。

筆者
筆者

私のように「ただ悲しい」「王様ひどい」といった単純なお話で終わらせちゃだめなんでしょね


まとめ

ということで小2の教科書に載る「スーホの白い馬」の誕生経緯は、
・モンゴルでたまたま耳にした老人の歌を聞いた中国人作家が創作を加えて出版
・さらに日本の翻訳家が創作を加えて出版
・さらに改変を加えて教科書に

であり、また授業のねらいとしては

・より複雑な表現を学び、想像を広げながら読む力を養う
・物語から感じることを言語化する力を養う

ということが分かった。

筆者
筆者

息子くんはどんな結末だったらいいなって思う?

息子(8)
息子(8)

白い馬が死んだあと、マーロンが出てきて王様をぼこす

※マーロンはゼルダの伝説「ティアキン」に出てくるの馬の神です

ぼこすばっかやん…..

これからじっくりとこの物語と向き合うことでまた感想が異なってくるのだろうか。

以上、なにかの参考になると幸いです。


参考
*大塚勇三の仕事
https://www.lib.fukushima-u.ac.jp/repo/repository/fukuro/R000005590/16-240.pdf

*国語科学習指導案
https://www.hyogo-u.ac.jp/element/3ae6eee9de499546f058066ae0e1d787.pdf

*第2学年 学力向上のための学習指導案(国語科)
https://www.kochinet.ed.jp/ochi-e/sidoan/29.1.20sidouan.pdf

*ミンガド・ボラグ『「スーホの白い馬」の真実 モンゴル・中国・日本それぞれの姿』風響社
*ミンガド・ボラグ『日本人が知らない「スーホの白い馬」の真実』扶桑社

*国語教科書における再話教材の検討「スーホの白い馬」(小学2年生)を中心に
*国語の教科書のハナシ 昔から教科書に載っている物語は?
https://kita.m-alps.ed.jp/wp-content/uploads/2021/06/06-25_393427.pdf

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